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2008年9月より、連絡用e-mail adress を下記の通り変更しました。
(旧) t_yonemasa @hotmail.co.jp (新) taro.yonemasa @gmail.com 2008年2月より、東京に拠点を移しました。 〒1640003 中野区東中野5-13-1-126 tel.03-6801-7497 東京日記→ http://8029.teacup.com/archireview/bbs 大阪日記→ http://page.freett.com/archireview/ (休止) 序 パリの空気、あるいは「20世紀」の始まり Ⅰ 建築(の内部)をめざして Ⅱ 建築空間の不可能性と不可避性 Ⅲ 建築(の外部)をめざして 結 ニューヨークの空気、あるいは「20世紀」の終わり 序 パリの空気、あるいは「20世紀」の始まり マルセル・デュシャン(1887-1968)によるレディメイド作品群は、芸術に20世紀の到来をもたらしただけでなく、「建築」という領域においても革新的な何かをもっている。いや正確には、「空間」なるものに根源的に憑かれた建築においてこそ、その「20世紀的なもの」は露呈している、と言うべきであろう___。 第一次世界大戦が終結した翌年の1919年に、デュシャンは、パリ市内で購入した薬品の中身を捨て、そのガラス瓶に「パリの空気」と書き込んだ。不可分なものを敢えて瓶詰するナンセンス、無価値なものを敢えて展示するナンセンスは、確実に当時の芸術界を挑発したであろう。だが、この作品の本質は、先行世代(立体主義、構成主義、未来主義)がみせたような前衛的-解体的身振りにあるのではない。 知覚できない空気が、にもかかわらず作家によって「パリの空気」と命名されると、芸術制度上の権利として、観賞者はそれをパリの空気として追認するしかない。「感性」によっては識別できない事実を、「知性」によって容認させること___すなわち、知覚不能であるが理解可能である領域。そのような対立した2種類の認識能力を、デュシャンは一緒に瓶に封じたのだ。 故にそれは、床置きされた小便器を「泉」と呼び換える行為とは異なるだろう。むしろそれは、「モナリザ」に髭を描き加えた作品を発表(1919)した後で、髭を付ける前の(つまり本来の)「モナリザ」に署名をして「髭を剃ったモナリザ」と呼ぶ(1965)のに似ている。それが、髭を剃ったモナリザなのか、元々髭など生えていなかった(つまり本来の)モナリザなのかを判定する権利が、観賞者には与えられないからだ。 しかし「パリの空気」は、「髭を剃ったモナリザ」とも異なるだろう。「髭を剃ったモナリザ」が宙吊りにしているのは、髭を剃った/髭を付けたという表象内容に関する区別であり、「本来のモナリザ」の本来性は問われない。だが、「パリの空気」の内容は、定義によって必然的にパリの空気となる。そこにおいて問われ、そして宙吊りになっているのは、その本来性なのである。 従って、「パリの空気」において最後に残るのは、内容が本当は何であるかではなく、「そもそも内容なるものが在るのか否か」という存在論的な問いである。観賞者は、透明な空気を直接的に知覚できない(知覚不能)にもかかわらず、それは作家の命名によりパリの空気なのであるから(理解可能)。 しかもデュシャンは、偶然的で自然的なもの(=透明な空気)を必然的で人為的なもの(=命名)に変えながら、再び、疑う余地のないものとして自然化する(=透明な瓶)。この対立性の往復(必然化された偶然の、再偶然化)は、デュシャンの他の作品にも認められる。例えば、絶対化された曲線を再び複数/相対化する「3つの停止原基」(1914)。しかしそれは、西欧においては「キリスト教」の成立以来ずっと継承されてきた伝統___キリストの不在を訴えること自体が制度化されることで成立する、高度な均質性___なのである。 それでも、この作品を「20世紀的なもの」に直結させているのは、「透明性」という概念である。それはキリスト教的均質性を更に高度化させる。なぜなら、ガラスが透明であることが、本来は両立し得ない事態を、同時に成立させてしまうからである。 空気が透明であることに加え、瓶も透明であることが、問題を重層化している。だからこそ、建築(とりわけガラスに囲われた近代建築)が「20世紀」という問題構制の核心に浮上するだろう。空間なるものは直接的に知覚することができないが、建築はその概念的本質において必然的にそれを内包し、更に、外壁ガラスの透明性がその両方を現前させる。言わば、空間の不在を訴えること自体が制度化されることで成立する、きわめて高度な均質空間___それが、建築における「近代」を準備したのである。 本稿は、前半部で建築空間の内部性(実内部ではない)を明らかにしつつ、その「不可能性と不可避性」の確認を経由して、後半部で建築家ミース・ファン・デル・ローエの諸作品を媒介に、建築空間の外部性(実外部ではない)の存在を目撃しようとする。その内部性/外部性の峡間に、建築における「20世紀的なもの」が顕在化するであろう、という確信とともに。 Ⅰ 建築(の内部)をめざして Ⅰ① 詩から絵画へ 「論理哲学論考」においてルードウィヒ・ウィトゲンシュタインは、「命題」は否定可能であるが、「像」は否定不可能である、と述べた。ここで「文」とは命題であり、「絵画」とは像であるとするなら、否定文は作成可能であるが、否定絵(!)は作成不可能である、ということになる。ウィトゲンシュタインにとって、「像」とは即ち「世界」(の限界)であって定義上否定しようのないものであり、それが「言語」の本質である。逆に言うなら、世界において有意味な言語とは、世界と「形式」を共有する言語に限られるのであり、その外部は端的に「語り得ぬもの」なのだ。 しかしながら、絵画において「モダニズム」と呼ばれる時代があったことを知る者ならば、否定絵をつくることは本当に不可能だろうか、と疑念を抱くだろう。絵画がジャンルとして確定し自意識を持ち始めれば、その輪郭を確定するべく自己規定-自己否定を試みるのは、論理的にも歴史的にも必然的な帰結である。確かに、ウィトゲンシュタインが言うように、肯定文が正当に否定文であるようには、肯定絵が正当に否定絵であり得ない。しかし、文が不当に自己否定してしまう(例えば詩のように)のと同様に、絵画が不当に自己否定してしまうことは、もしかすると可能な事態ではないか。 その意味では、パブロ・ピカソとジョルジュ・ブラックによる総合的キュビスムは、絵画における自己規定-自己否定の到達点と認められるだろう。だがそれは、異種の事物や複数の視点が共存しているという理由だけで実現されるわけではない。その技法(コラージュ)においては、単なる背景に過ぎない壁面やテーブルが操作対象となり、量塊的な素材と色彩を与えられる。逆に、本来的なモチーフであるはずの果物や楽器は、黒い線描として辛うじて輪郭を留めながら背景に溶解する。その結果、描かれず残されたキャンバス地を含めて、全ての絵画的要素は造形上も意味上も対等の強度をもった「図」として、互いに譲らず拮抗する。 それを「ミシン台の上の鋏と蝙蝠傘の出会い」と呼ぶことも可能だが、そこでのコラージュの本質は、あらゆる矛盾を許容するミシン台にあるのではなく、鋏と蝙蝠傘が生みだす矛盾それ自体にある。その限りでは、確かにコラージュにおいて「リアリズム」が徹底的に相対化され、相互の矛盾を解消すべく、幾何学諸原理を駆使した高次の「想像的」な空間が要請されるだろう。ただし、ミシン台に相当する「何か」がそっくり温存されてしまうことが、コラージュの限界なのであるが___。 Ⅰ② 絵画から建築へ コラージュが否定絵の事例と見なされるにせよ、例えば美術館の展示室といった「建築空間」(の避け難い現実性)に収容されてしまうと、額縁の内側で幾ら反芸術的に振舞おうと、それは正しい芸術作品として位置付けが確定してしまう。それを「演劇的」と呼ぶかどうかは別にせよ、建築空間という「ミシン台」を前提にすれば、全ては絵画平面上のレトリックに過ぎない。 当然のことながら画家は、「まさにその現実的空間のイデオロギーを批判するために、想像的空間を提示しているのだ」と直ちに反論するであろう。だが、現実的空間と想像的空間のどちらが最終的に実効力を行使してしまうのか、画家なら誰もが了解しているはずだ。 従って、「像」の限界を突き詰めるためには、絵画を収容する建築それ自体の否定可能性が、次に検証されなければならない。だが「建築を否定する」という命題自体は、いったい何を意味するのか。そんな事実があるかどうか以前に、それが事態としてありうるかどうかが、問われねばならない。そのとき、「建築」概念の本質規定が改めて要請されるだろう。 建築家は、所与の諸条件(建主、敷地、法規、予算、素材、環境など)に対する分析と想定とを反復して、建築図面あるいは建築物という解答を導き出す。しかし結局のところ、そこで得られた解答が経験なり生活なりと言った諸現実による背信を受ける運命にあること、人間やモノなどによる想定外の使用に晒されることを、建築家なら誰もが知っている。 その良し悪しは別にして、前者のような建築(家)による規定行為を「建築的想定」と呼ぶならば、後者のような現実的結末は「建築的想定外」と呼べるだろう。詩や絵画と比較すれば、建築は遥かに現実に開かれている。だからこそ、建築の「始まり」を「建築的想定」に据えるか「建築的想定外」に据えるかは、作家のスタンスに決定的とも言える差異をもたらすことになる。 Ⅰ③ 建築的想定から建築的想定外へ 「近代化の生産した建造物は、近代建築ではなくジャンクスペースである・・・ジャンクスペースは異変のように見えるが、実はこれこそがエッセンス、実体である」と断定する現代オランダの建築家レム・コールハース。彼は、きわめて自覚的に「建築的想定外」から出発する作家の筆頭格と言えるだろう。「ジャンクスペースは後天性の文化である。それは時として、他所の文化圏から来たたった一人のメンバー(アルバニアの田舎者、ポルトガル人のおばちゃん)」が協調をもたないことで、台無しになることもある。」「トイレット・グループはディズニー・ストアに突然変異すると、今度は次第にメディテーション・センターへと変わる。相次ぐ変身は計画という言葉を嘲弄する・・・」 それでもなお建築家が、自身の下した判断が及ばぬ領域(建築的想定外)を可能な限り内包しようとするならば、例えば「外部から連続したようなインテリア」「内部の雰囲気が伺える建築ファサード」といったレトリックを駆使して、自然、都市、社会、現実・・・に開かれた建築を装うしかない。もし建築家が、そのような領域(建築的想定外)を可能な限り排除しようとするなら、それらを全て倉庫なり収納なりに押し込めるしかない。舞台としての建築、舞台裏としての建築、あるいはその組合せ___。だが、建築でありながら建築でないかの如く振る舞うのは、単なる論理的誤謬でしかない。 形式と物質の「中間」としての建築。建築をめぐる言説は必然的に、アカデミズムにおける古典主義的自同律(形式の外側つまり建築実体に関して沈黙を決め込み、トートロジーに沈潜する)か、ジャーナリズムにおけるロマン主義的多様性(形式の無効性に付け込んで、建築実体に関するノスタルジーを垂れ流す)の両極に、二分されるだろう。「壁は壁であり、それ以上でも以下でもない」あるいは「壁にも様々な形態や用法がある」。どちらを選ぶにせよ、誤り得ぬ言葉の連続は、建築(的責任)を確定することなく神秘化してしまう。その建築(論)の空転を、コールハースは「ジャンク」と看破したのだった。
https://secure1.gakkai-web.net/gakkai/aij_zassi/index.html
今世紀になって地球全域に拡張した「グローバリズム」は、「空間」に関する概念であろうか、「時間」に関する概念であろうか。その本質を「世界を超国家的な全体と見なす思想」と定めるなら疑いなく前者であろう。同時にそれは、「モダニズム」が字義通り後者的であるのと著しく対比的である。 本稿は、建築や都市の領域におけるモダニズムからグローバリズムへの、すなわち「間接性-否定性」から「直接性-肯定性」へのイデオロギー転換を追跡しようとする。その歴史過程の最終的な勝者は、「帝国」(アントニオ・ネグリ)でも多国籍企業でもなく空間それ自体であると予断するならば、余りに唐突に響くだろうか。 その俎上に載せられるのは、日本における唯一のグローバル都市「東京」である。現代都市の分析にあたり、最もラディカルに変貌を遂げつつある中国や湾岸諸国ではなく東京を論じるのは、単に私がそれ以外の選択肢を持たないからである。「私」におけるグローバリズムの「基礎付け」(イマニュエル・カント)を試みること、それが本稿の方法かつ目的である。 ”we will arrive at tokyo terminal in a few minutes...” 前川國男設計による東京海上ビルは、「皇居が見下ろされる」「皇居からの美観を損なう」等の理由から強い批判に晒された挙句に、高さを127mから99.7mに変更して1974年に竣工した。しかし今日われわれは、その数倍の容積を有する超高層群=丸の内マンハッタン計画がそれを包囲する様を目撃するだろう。そこに露呈されているのは単なる新旧の対比ではなく、モダニズムとグローバリズムの両者が許容する「規模」の差異である。その規模の妥当性は、ローカル事情としての「空虚な中心」(ロラン・バルト)でなく、グローバル資本という「空虚な外部」の要請で決定される。ただし、実現された丸の内マンハッタンは、東京駅上空の許容容積移転が可能にした高層部と旧31m高度規制を継承する低層部とで構成される折衷様式であり、規模による「直接性-肯定性」の暴力的性格は意識的に中和されている。 蛇足ながら、この景観論争の真の敗者は、当時の東京海上ビルでも現在の皇居でもなく、趣味判断に属するが故に規定的原理になりえない「美」という概念である。今後もそれは幾度となく召喚され廃棄され続けるだろうが、それは事実的帰結ではなく美に関する論理的帰結に過ぎない。 ”The next station is shinjuku. ” モダニズムは、リテラルであれフェノメナルであれ建築に対して「透明性」を要請してきた。現実には空間を占有するにも関わらず、形態上言説上のレトリックを様々に駆使して建築を透明化し占有性を隠蔽することが、近代主義者の論理であり倫理であった。そこに、モダニズムの「間接的-否定的」性格を窺い知ることができよう。 「純粋理性批判」においてカントは「われわれの認識が対象に従うのではなく、むしろ対象がわれわれの認識に従わなければならない。」と述べた。その意味での近代主義の本質は「対象を消去して私であろうとすること」___カント哲学の超越論性を強調するなら「私であるために対象を消去すること」に他ならない。ロシア・アヴァンギャルドやバウハウス・デッサウの諸実験において、対象(3次元物体や3次元空間)に批判的介入を試みるための媒体として2次元(像的なもの)が駆使されたのは、そのためであった。 ところが、水平垂直方向に建築が肥大し一定規模を超越すると、その表層と内部とが分離し内部の諸要素が分離する。更に、昇降機や空調機をはじめとする設備技術やコンピュータによる情報技術の進化が伝統的な建築的役割を無効化し、建築は都市の中に融解する。そのとき、2次元的像を媒体として建築に介入すること、建築を媒体として都市に介入することは不可能となり、「私」と「対象」との間に決定的とも言える断絶が生じる。 1990年に文字通りのピークを迎えた、西新宿スカイスクレイパーの歴史。主体性に最後まで拘泥するカント主義者=近代主義者たるコーリン・ロウなら、そこに認められる「独立した単体建築という『空間を占有するもの』が『空間を限定するもの』になろうとするジレンマ」を徹底的に糾弾しただろう。だが、グローバル化による建築的変容に誰よりも自覚的な建築家レム・コールハースは、ロウのような非効率な振舞いに早々と見切りをつけ、「ビッグネス」の名のもとに「私」の不可能性をストレートに(¥€$!)宣言する。 ”The next station is shibuya. ” 周知のとおり、従来は建築や都市が提供してきたコミュニケーションの場所は、携帯やネットのインターフェイスに縮小しながら移行を完了した。例えば携帯画面を横目に器用に街を歩く姿など、今やどこでも目にする光景だろう。しかしながら、その移行プロセスは双方向的である。従来的な広告、サイン、写真、映像は、デザイン的洗練を経ながら巨大化し、現実の建築的枠組みと一致しつつある。一体化する、広告=空間の誕生。 広告=空間は、飲食物販店や金融業者の原色看板で埋め尽くされた(伝統的にアジア的な)商業地区の景観とは本質的に異なる。むしろそれは、商業性が徹底して払拭されたイメージであり環境である。ゆえに屋外媒体は今や最先端のクリエイティヴを競い合う主戦場であり、交通機関の車体や店舗外装は既に広告の所有物である。その最終形態が、銀座や表参道で実現されたブランド建築群と言えるだろう。 このように、像的なものが現実に外在化した今日的状況においては「3次元(建築、都市)に介入するために2次元(像)を内的に立ち上げること」など端から不可能であり、常に先行する像を追いながら(経済的、知覚的)消費行動を継続するしかない。だがそれは、「私を消去して対象と一体化すること」と言うべきであろう。 過去あるいは未来において現在を先取りして「今」の不在を補填すること。他人において自己を先取りして「私」の不在を忘却すること。そのような、携帯やネットや一般雑誌で反復される日常が、建築/都市的次元にまで拡張したのが今日である。”Please switch off your mobile phone. ” グローバリズムは、ポスト近代への進化であると同時に前近代への回帰である。消費-労働の主体は規制緩和と規制強化の両方に耐え続けることが要求される。そのような終わりなき自由と拘束に追従できなくなったとき、人は最後に身体そのものを賭けて「私」であろうとする___それが人身事故と呼ばれるものの本質だろう。アクセルとブレーキを同時に踏みながら前進せざるを得ない、グローバル都市の痛ましい現実が。”now this train is delayed by the accident. ” ”This is the final stop, Roppongi. ” 湾曲し屈折し傾斜する迷路的ともいえる商業空間をもつ低層部と、全方位的眺望を獲得する業務、宿泊、居住空間を擁する高層部。それぞれを仮に「渋谷的」「新宿的」と呼ぶならば、ここ六本木でその両者が結合する。 それでもなお「私であるために対象を消去すること」に固執するなら、自己超越化によって東京を対象化する以外に手段はない。”___to the 52nd floor.”だがわれわれは、そこで一体何を見るのだろう。そこにあるものは際限なき市街地と複数の緑地が織りなすゲシュタルトだけであり、明確な構造、輪郭、象徴をもたない広がりを漠然と眺めているにすぎない。 結局のところ、「何を」ではなく「どこから」眺めるか、がリアリティを提供する。外向的で拡散的な視線___それを繋ぎ止めるものは、自己が施設と一体であるという実感であろう。エリア内のTVメディア、IT企業、広告代理店の存在が、そのリアリティを側面から支えている。その意味では、その経験は他の再開発エリア(汐留、台場、赤坂、品川、秋葉原、日本橋・・・)にも共通するであろうし、隔離された閉域において内向的かつ集中的経験を提供する東京ディズニーランドよりも、その全域性において確実に進化を遂げている。___だがそれは、「私を消去して対象と一体化すること」の別のあり方に違いない。 「空間」=「私の外部」から「時間」=私の内部を慎重に区分したカントに従う(あるいは逆らう)ならば、結局のところグローバリズムとは「時間の空間化」であり、空間を基軸通貨とする全体主義の別の名である。 当然のことながら、資本や情報のコントロールが隈なく行き届いた都心エリアだけが東京の全てではない、と訝る者もいるだろう。もちろん、通りから街区に入れば住宅や商店が建並び、以前と変わらぬ生活がそこで営まれていることを、筆者が知らないわけではない。いや、正確にはこう言うべきだ。そのような生活的素朴さを今後も維持可能なのは、むしろ東京だけである、と。グローバル競争における「選択と集中」に洩れた郊外や地方都市や農村は今や、既に十分過ぎるほど衰退的であろうから。 そう、本稿は「東京論」の体裁をとりながら、実のところ視線は東京の「外部」から注がれている。それは、今や東京への参照なしに何かを論じることは不可能だからである。経済、政治、文化、情報の全局面にわたって、東京は今や突出した地位を確立し、しかもその事実を隠そうとしない。その意味において、グローバリズムの直接的かつ肯定的な性格は、「東京」を言葉の正しい意味での「ブランド」に昇格させるに至った、と言えるだろう。
「街に置かれた『家』」「ready for making readymade」 所収
http://book.bijutsu.co.jp/books/2009/03/%09.html ![]() 現在から遡ること40年、アメリカ人建築家ロバート・ヴェンチューリはラスヴェガスにある様々な商業建築を調査し、その報告書に「ラスヴェガスから学ぶ」という挑発的な表題を付けました。その中で彼は、別の地方に建つアヒルの格好をしたドライヴインを「空間、構造、用途からなる建築のシステムが、全体を覆っている象徴的形態によって隠し込まれ、歪められている」と批判する一方、ラスヴェガスのロードサイドに建並ぶ巨大な独立看板を「装飾がそれ自身他のものと無関係に取り付けられている」と称賛してみせます。そのうえで、「今日建築雑誌で見られる大部分のもの」つまりモダニズム建築が、結局のところアヒル型ドライヴインのように「ひとつの大きな装飾と化している」と批判し、装飾と本体とを効率的に分離した自作「ギルドハウス」を発表したのです。 ここで見逃せないのは、ヴェンチューリがおそらく蛇足のつもりで書いた次のコメントです。「建物の工法、構造、平面計画、さらには社会的問題に私たちが関心がないとか、その重要性を認めないということではない。」「多くの建築家と同じく、私たちにしても設計期間の約9割はこれらの大切な問題の解決にあて、残りの1割に満たない時間を、ここに述べるような問題に振り向けているのである。」___彼は、出来上がった建物だけでなく設計プロセスも、装飾と本体に分離されていることを告白したのです。 その後の経緯としては、ラスヴェガス型ハリボテ建築は「ポストモダン」の烙印とともに批判に晒され、現代建築の最先端において、表現と工法とを統合させる試みが一定の成果を上げつつあるのが事実でしょう。しかしそれが「アヒルの格好をしたドライヴイン」への回帰なのか「ドライヴインの格好をしたアヒル」の誕生なのか___を論じるスペースはありません。いずれにせよ、ヴェンチューリが露呈したもう一つの分離(設計プロセスにおける9割と1割)も、統合を果たしつつあるのでしょうか___。 仮にそうだとしても、一般に「クリエイティヴ(生産的)」と称される仕事に就く者なら誰でも、その外側に「更なる9割」___工学的にも美学的にも生産的とは言い難い官僚的雑務___が控えていることを、そしてそれは実のところ、既存の社会システムの「持続可能性」すなわち「何も起こらなかった」ことを目的として継続されることを知っています。その意味では、「ここに述べるような問題」に振り向ける時間は、1割どころか1%にまで逼迫しかねません。 一般に流通している建築の言葉は、圧倒的にデマンドサイド(消費者、使用者、観賞者、読者・・・)の所有物です。言い換えるならそれは、サプライサイド(生産者)の「更なる9割」を積極的に等閑視することによって成立しています。何故ならそこでは「何も起こらなかった」のですから・・・。しかしながら、人は誰でも消費者であると同時に生産者でもあるわけですから、デマンドサイドによるサプライサイドへの一方的な負荷は、最終的に自身に再帰します。そのような社会システムが将来にわたって「持続可能」であるとは思えません。 マルセル・デュシャンは、便器や車輪などのレディメイド=既製品を美術館に展示することで芸術制度に止めを刺した___と一般に言われますが、本当でしょうか。その後の歴史が証明するとおり、彼は反芸術の身振りで制度批判をしたのではなく、芸術制度におけるデマンドサイドとサプライサイドの関係それ自体を組み替え、そのルールを密かに拡張してみせたのです。そしてこの場合、レディメイド=「何も起こらなかった」ことが、逆に社会システムを組み替える「クリエイティヴ」の契機になりえたという事実が、建築というジャンルにおいても有効な示唆を提供します。 それは、「アヒル」や「ドライヴイン」といった言語体系を組み替えることを意味しています。醜いアヒルの子が白鳥であることを知るように、心理学者ジャストローのアヒル・ウサギ図形のように___。建築というシステム全域に関与する建設会社、しかもその設計部門という独自の立場は、そのような役割を積極的に主導する、うってつけのポジションであるように思えます。
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米正 太郎 (Taro YONEMASA) ロシーオ・アングロ (Rocio ANGULO) taro.yonemasa @gmail.com http://page.freett.com/ archireview/ 以前の記事
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